1.認知症と自筆証書遺言の場合

ア 自筆証書遺言の無効確認請求訴訟に関する攻撃防御の構造

自筆証書遺言の効力が無効確認訴訟で争われる場合、自筆証書遺言が有効であると主張する当事者(通常は遺言により利益を受ける当事者)が自筆証書遺言の成立要件である以下の事実を主張・立証します。

自筆証書の成立要件

  • 自筆証書遺言の全文・日付・署名が遺言者の自書であること(自書性)
  • 遺言者が押印したこと

これに対し、遺言が無効であると主張する当事者は、自筆証書遺言の成立要件を否認するという方法と意思無能力の抗弁を主張することができます。否認とは、自筆証書遺言の成立要件と両立しない事実、例えば当該遺言は、遺言者が自分で書いたものではないとの事実、を主張することをいいます。他方、抗弁とは、自筆証書遺言の成立要件と両立しますが、その効力を無効とする事実(意思無能力が典型)を主張することをいいます。

自筆証書遺言有効性に関する争い方

  • 自筆証書遺言の成立要件を否認する
  • 意思無能力の抗弁を主張する

以上の当事者の攻撃防御の構造をまとめると次のようになります。

図1

イ 自筆証書遺言の成立要件に関する反論の構造

(1)自筆証書遺言について無効を主張して、その成立要件を否認する場合

どの成立要件についてどのような理由で否認するのかを明らかにする必要があります(民事訴訟規則79条3項)。自筆証書遺言の無効を主張する場合は、一応、遺言書が存在している訳ですので、単に否認の理由を付すというだけにとどまらず、否認の理由になる反対事実の詳細を積極的に主張していくことが必要です。

(2)自書性に関する反論の構造

自書性を否認する場合、反論として以下の事実を押さえておくことが重要です。

反論のポイントとなる事実

  • 筆跡の同一性
  • 自書能力
  • 遺言書の体裁及び内容

自筆証書遺言は遺言者自らが全文・日付・署名をすることが求められているので、筆跡の同一性は重要です。もっとも、実際に筆跡が同一かどうかを判断することは容易ではありません。そもそも、比較対象となる遺言者の文書がない場合がありますし、対象文書があった場合でも筆跡は、年齢やその当時の精神状況・体調等により変動があるため現実の判断はなかなか困難です。筆跡の同一性を判断するために筆跡鑑定を行うこともありますが、筆跡鑑定は科学的にその合理性が認められているとまではいえないとの評価が大勢のため、筆跡鑑定をすれば筆跡の同一性を簡単に判断できるというものでもありません。もっとも、自書であることは、遺言が有効であると主張する当事者が主張・立証しなければならない要件ですから、遺言が無効であると主張する場合は、筆跡の同一性に疑問がある場合は、積極的に主張していくべきでしょう。

自書能力とは、「遺言者が文字を知り、かつ、これを筆記する能力をいうものと解される(最判昭和62年10月8日)」とされています。「文字を知る」とは、単に文字を知っているということに加え、文字によって構成される文章の意味を理解できる能力(以下「文章理解力」といいます)を有することを意味するとされています。「筆記する能力」とは、文字を記載する身体的能力のことです。

今の日本で文字を知らないということは通常想定できないので、自書能力に関して問題になるとしたら文章理解力が中心になると思われます。認知症の中核症状のうち、失語が見られる場合は、文章理解力に影響があるため慎重に判断する必要があります。

ところで、自筆証書遺言は、遺言者自らその本文・日付・署名を記載することが必要であるため、筆跡の同一性が認められた場合、自書能力(特に文章理解力)が問題になる余地はないように思われます。自分で文章を書いたのに、書いた自分が理解できないということは、一般的には考えにくいので、原則、筆跡の同一性が認められれば、自書性(特に文章理解力)も認めて差し支えないと思います。むしろ、この点がまさに自筆証書遺言において、自書性が求められている根拠と思われます。ただし、このことは、遺言者が独力で他人から影響・指示も受けずに自筆証書遺言を作成した場合ということが前提です。仮に、筆記能力には問題がないものの認知症の症状がでている方に第三者が誘導・指示等により、自筆証書遺言を作成させた場合、文章理解力の点で自書性が問題になります。この点は、一般的には、意思無能力との関係で主張されることが多いように感じますが、自書性の立証責任は自筆証書遺言が有効であることを主張する当事者にあることから、積極的に自書性との関係でも主張するべきだと思います。

遺言書の体裁・内容とは、具体的には、遺言が記載された用紙、筆記具、インクや朱肉の状況(濃淡・劣化の程度)、文字の体裁(震えがあるか、線の太さ)、文章の長さ、形式・言葉遣いのことをいいます。

例えば、遺言が記載された用紙が市販の用紙であれば、製造元に製造時期を照会して遺言書記載の日付と遺言書に使用された用紙の作成時期の関係を調査します(遺言書の日付よりあとに用紙が製造された場合は偽造の立証が可能)。認知症との関係では、遺言書作成日当時の遺言者の認知症の症状を前提にして、問題の自筆証書遺言の分量、表現を理解して記載することができたかという、自書能力(文章理解能力)を補充する面で問題になると思われます。

自書性に対する反論のまとめ

図2

(3)押印に関する反論の構造

押印に関して否認する場合、以下の二点の事実を押さえておくことが重要です。

反論のポイントとなる事実

  • 印影の同一性
  • 押印能力

印影の同一性とは、当該自筆証書遺言に顕出された印影が遺言者の印章によるものか否かという問題です。自筆証書遺言の成立要件としての押印は、実印によることは求められておらず、いわゆる三文判でもよいとされています。そのため、押印については、近所のハンコ屋で三文判を買ってくれば容易に偽造することが可能です。また、遺言者本人の印鑑でも実印や金融機関の届出印以外の印鑑の場合、印影の同一性を立証することが困難になる恐れがあります。このような可能性も踏まえて、印影の同一性を検証することが必要です。

押印能力については、遺言書の名義人が押印する身体的能力をいいます。更に厳密に言えば、自書性の文章理解能力とパラレルに考えて、押印する際に使用する印鑑を「印鑑である」と認識して押印する能力も押印能力に含まれるのではないかと思います(この点は明確に言及した文献等はみあたりませんでしたので、私見です。仮に「押印理解能力」とします)。

このようなことは通常は問題にはならないと思われますが、認知症の中核症状である失認が進行した場合、目の前にあるものや触れているものが何であるかを理解・把握することが困難になることから、印鑑であるということの認識ができなくなるケースがでてきます。このような場合は、正面から上記の意味での押印理解能力を問題にする必要があると思います。

押印に対する反論のまとめ

図3

(4)自筆証書遺言を作成する動機・理由及び発見された経緯

上記の事実以外に、自筆証書遺言の成立要件を否認する際、反論として、以下の事実を主張することがあります。

ポイントとなる事実

  • 遺言者が当該自筆証書遺言をする動機・理由
  • 当該遺言が発見された経緯等

これらの事実は、自書性や押印に対する反論であげた事実がそれぞれの要件との関連性が明確であるのに対し、関連性という意味では及びませんが、自筆証書遺言全体の成立要件に対する反論として機能します。遺言者名義人の遺言当時の生活状況・人間関係等から考えて、遺言の内容が不自然・不合理であるから、偽造の可能性がある、相続開始から相当期間が経過してから、相続人のうち一人が遺言を預かっていた旨言い始めたのはことの経緯として不自然であり偽造の可能性がある、といった論理を背景に上記の各事実を主張していくことになります。

自筆証書遺言を作成する動機・理由及び発見された経緯に関するまとめ

図4

(5)自筆証書遺言の成立要件に関するまとめ

図5

ウ 自筆証書遺言の無効要件(意思無能力)に関する主張・立証の構造

(1)自筆証書遺言の無効を主張する場合

その成立要件を否認する方法のほか、遺言者が遺言作成時に意思能力を欠いていたとの主張をすることができます。この主張は、理論上は、自筆証書遺言の成立要件と両立し、その効果発生を障害するものであることから、抗弁と言われます。

意思能力とは、通常人としての正常な判断力・理解力・表現力を有し、遺言内容について十分な理解力を有していることをいいます。意思能力の有無については、個々の法律行為ごとにその難易度・複雑性、重大性などを考慮して、行為の結果を正しく認識できていたかという点から判断することになります。この点で、成年後見制度が「事理弁識能力を欠く常況」という一般的基準を設定している点とことなります。

(2)意思無能力に関する主張の構造

意思能力とは、上記(1)で述べたとおり、極めて抽象度の高い要件とされており、意思能力の有無を直接立証することはできません。そこで、訴訟実務では、意思能力の不存在を基礎付ける事実を「評価根拠事実」、意思能力の不存在を障害する事実を「評価障害事実」と整理して、当事者がそれぞれ自己に有利な事実を主張することになります。

意思無能力を抗弁として主張する場合、評価根拠事実として以下の事実を押さえておくことが重要です。

意思無能力の主張においてポイントとなる事実

  • 遺言作成時の遺言者の精神障害の内容とその程度
  • 遺言内容の複雑性、分量の多寡
  • 遺言の動機、理由

図6

遺言者の精神障害の内容とその程度については、遺言者の医療記録、介護記録及び要介護認定申請に関する記録に現れた事情を幅広く主張することで立証することになります。遺言者の精神障害の内容・程度を主張する際には、精神医学的な観点からの遺言者の認知症に関する評価と行動観察的観点からの実際の遺言者の言動を分けるなどの整理が必要と思われます。

図7

エ まとめ

図8

目次

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