添え手により作成された自筆証書遺言が無効とされた事例

事案の要点

  • 本件の遺言書は昭和47年6月1日作成とされる自筆証書遺言である。
  • 遺言者は昭和45年4月頃、脳動脈硬化症を患い、その後遺症でひどく手が震えるようになった。
  • 遺言書には、書き直した字、歪んだ字が一部に見られるが、一部には草書風の達筆な字も見られる。
  • 遺言書は便箋4枚に概ね整った字で22行で構成されている。

判例のポイント

結論

自筆証書遺言を無効とした。

判断のポイント

判例は、自筆証書遺言の作成において他人の添え手を受けた場合に「自書」といえるかの判断基準として、次のとおり判示し、本件遺言は自書とは言えず、無効であるとしました。

『「自書」を要件とする前記のような法の趣旨に照らすと、病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、(1)遺言者が証書作成時に自書能力を有し、(2)他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3)添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合には、「自書」の要件を充たすものとして、有効であると解するのが相当である。』

本件では、昭和45年4月頃から、遺言者は手がひどく震えるようになっていたという事実がありますが、現実に作成された本件遺言書の一部が草書風の達筆な文字であり、便箋4枚にわたる22行もの分量でした。このことから、添え手が遺言者の筆記を容易にするための支えを借りただけであるとは言えないとして自書性が否定されたものです。

この事案のポイントは、遺言者の客観的な筆記能力と遺言書の文字の体裁・分量が遺言者が独力で記載したものとしては余りにも不自然であったという点にあると思われます。現在の実務では、この事案のような露骨な添え手がなされる事例は極めて少数と思われますので、添え手による自書性が争われる事案は、相当微妙な判断になると思われます。

判例紹介 最判昭和62年10月8日民集41巻7号1471頁

上告代理人宮川種一郎の上告理由第一点について

自筆証書遺言の無効確認を求める訴訟においては、当該遺言証書の成立要件すなわちそれが民法九六八条の定める方式に則つて作成されたものであることを、遺言が有効であると主張する側において主張・立証する責任があると解するのが相当である。これを本件についてみると、本件遺言書が、遺言者であるAが妻のBから添え手による補助を受けたにもかかわらず後記「自書」の要件を充たすものであることを上告人らにおいて主張・立証すべきであり、被上告人らの偽造の主張は、上告人らの右主張に対する積極否認にほかならない。原審は、右と同旨の見解に立ち、本件遺言書については結局「自書」の要件についての立証がないとの理由により、その無効確認を求める被上告人らの本訴請求を認容しているのであつて、その判断の過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点及び第三点について

自筆証書遺言は遺言者が遺言書の全文、日附及び氏名を自書し、押印することによつてすることができるが(民法九六八条一項)、それが有効に成立するためには、遺言者が遺言当時自書能力を有していたことを要するものというべきである。そして、右にいう「自書」は遺言者が自筆で書くことを意味するから、遺言者が文字を知り、かつ、これを筆記する能力を有することを前提とするものであり、右にいう自書能力とはこの意味における能力をいうものと解するのが相当である。したがつて、全く目の見えない者であつても、文字を知り、かつ、自筆で書くことができる場合には、仮に筆記について他人の補助を要するときでも、自書能力を有するというべきであり、逆に、目の見える者であつても、文字を知らない場合には、自書能力を有しないというべきである。そうとすれば、本来読み書きのできた者が、病気、事故その他の原因により視力を失い又は手が震えるなどのために、筆記について他人の補助を要することになつたとしても、特段の事情がない限り、右の意味における自書能力は失われないものと解するのが相当である。原審は、Aが、昭和四二年頃から老人性白内障により視力が衰えたものの昭和四四年頃までは自分で字を書いていたことを認定しつつ、昭和四五年四月頃脳動脈硬化症を患つたのち、その後遺症により手がひどく震えるようになつたことから、時たま紙に大きな字を書いて妻のBや上告人Cに「読めるか」と聞いたりしたことがあるほかは字を書かなかつたこと、本件遺言の当日も、自分で遺言書を書き始めたが、手の震えと視力の減退のため、偏と旁が一緒になつたり、字がひどくねじれたり、震えたり、次の字と重なつたりしたため、Bから「ちよつと読めそうにありませんね」と言われてこれを破棄したことなどの事実を認定し、Aは、本件遺言書の作成日附である昭和四七年六月一日当時、相当激しい手の震えと視力の減退のため自書能力を有していたとは認められないと判断しているのであるが、右認定事実をもつてしては、Aが前示の意味における自書能力を失つていたということはできないものというべきであり、原判決には自筆証書遺言の要件に関する法律の解釈適用を誤つた違法があるというほかはない。

しかし、後記説示のとおり、本件遺言書は、他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言が有効とされるための他の要件を具備していないため、結局無効であるというべきであるから、原判決の右違法は判決の結論に影響を及ぼさないというべきである。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響を及ぼさない説示部分の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

同第四点及び第五点について

自筆証書遺言の方式として、遺言者自身が遺言書の全文、日附及び氏名を自書することを要することは前示のとおりであるが、右の自書が要件とされるのは、筆跡によつて本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならない。そして、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐつて紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とするのである。「自書」を要件とする前記のような法の趣旨に照らすと、病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、(1)遺言者が証書作成時に自書能力を有し、(2)他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3)添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合には、「自書」の要件を充たすものとして、有効であると解するのが相当である。

原審は、右と同旨の見解に立つたうえ、本件遺言書には、書き直した字、歪んだ字等が一部にみられるが、一部には草書風の達筆な字もみられ、便箋四枚に概ね整つた字で本文が二二行にわたつて整然と書かれており、前記のようなAの筆記能力を考慮すると、BがAの手の震えを止めるため背後からAの手の甲を上から握つて支えをしただけでは、到底本件遺言書のような字を書くことはできず、Aも手を動かしたにせよ、BがAの声を聞きつつこれに従つて積極的に手を誘導し、Bの整然と字を書こうとする意思に基づき本件遺言書が作成されたものであり、本件遺言書は前記(2)の要件を欠き無効であると判断しているのであつて、原審の右認定判断は、前記説示及び原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

第一小法廷
(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 髙島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖)

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