押印を欠く自筆証書遺言が例外的に有効であるとされた事例

事案の要点

  • 遺言者はロシア生まれのスラブ人である。
  • 遺言者は片言の日本語を話すが、主としてロシア語・英語を話し、交流があるのはヨーロッパ系の人間であり、生活や意識も日本人とはほど遠いものだった。
  • 遺言者は特に要求されない限りは、日本国籍取得後も書類作成時はサインだけをしており、押印はしなかった。

判例のポイント

結論

押印を欠く自筆証書も例外的に有効とした。

判断のポイント

本件に関する最高裁の判断は、控訴審判決を簡潔な判示により支持したにとどまりますので、事案の詳細は控訴審判決を参照する必要があります。

控訴審判決は、自筆証書遺言における押印の要否について、次のとおり判示しました。

『文書の作成者を表示する方法として署名押印することは、我が国の一般的な慣行であり、民法九六八条が自筆証書遺言に押印を必要としたのは、右の慣行を考慮した結果であると解されるから、右の慣行になじまない者に対しては、この規定を適用すべき実質的根拠はない。このような場合には、右慣行に従わないことにつき首肯すべき理由があるかどうか、押即を欠くことによつて遺言書の真正を危くする虞れはないかどうか等の点を検討した上、押印を欠く遺言書と雖も、要式性を緩和してこれを有効と解する余地を認めることが、真意に基づく遺言を無効とすることをなるべく避けようとする立場からみて、妥当な態度であると考えられる。』

控訴審判決の論理は、押印が求められる根拠を日本の慣行に求め、この慣行が妥当しない場合には、押印を求める実質的根拠がないことから、要式性(ここでは押印を求めること)を緩和すべきであるというものです。

このような規範を前提に控訴審判決は、押印を欠く場合でも自筆証書遺言を有効としました。しかし、この事案は、外国人である遺言者が、日本において専ら日本人以外の人種と交流していたこと、特に求められない限り、遺言者は契約書等にサインのみしており押印はしていなかった等、実質的に日本の生活様式には馴染んでいなかったことを前提としており、単に外国人であるというだけで押印を不要としたものではありません。また、控訴審判決の当時(昭和48年)と現在では、情報の流通や外国人の交流範囲など、在日外国人を取り巻く環境が大きく変動していることから、私見ですが、控訴審当時に比べ、現在では、類似の事案で自筆証書遺言が有効とされる余地は少ないものと思われます。

判例紹介

最判昭和49年12月24日民集28巻10号2152頁

上告代理人中嶋徹の上告理由について。

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件自筆証書による遺言を有効と解した原審の判断は正当であつて、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本吉勝 裁判官 関根小郷 裁判官 江里口清雄 裁判官 髙辻正己)

大阪高判昭和48年7月12日民集28巻10号2164頁※上記最判の控訴審

本件遺言書には遺言者の押印がない。しかし、右遺言書は次の理由により有効である。

文書の作成者を表示する方法として署名押印することは、我が国の一般的な慣行であり、民法九六八条が自筆証書遺言に押印を必要としたのは、右の慣行を考慮した結果であると解されるから、右の慣行になじまない者に対しては、この規定を適用すべき実質的根拠はない。このような場合には、右慣行に従わないことにつき首肯すべき理由があるかどうか、押即を欠くことによつて遺言書の真正を危くする虞れはないかどうか等の点を検討した上、押印を欠く遺言書と雖も、要式性を緩和してこれを有効と解する余地を認めることが、真意に基づく遺言を無効とすることをなるべく避けようとする立場からみて、妥当な態度であると考えられる。

これを本件についてみるのに、前認定の事実および〈証拠〉によれば、亡サホブ・ケイコは一九〇四年ロシアで生れたスラブ人で、一八才のとき来日し、以後四〇年間日本に在住したが、その使用する言葉は、かたことの日本語を話すほかは、主しとてロシア語又は英語であり、交際相手は少数の日本人を除いてヨーロツパ人に限られ、日常の生活もまたヨーロッパの様式に従つていたことが認められるから、同女の生活意識は、一般日本人とは程遠いものであつたことが推認される。このような点からすれば、同女が本件遺言書に押印しなかつたのは、サインに無上の確実性を認める欧米人の一般常識に従つたものとみるのが至当であるから、押印という我が国一般の慣行に従わなかつたことにつき、首肯すべき理由があるといわなければならない。もつとも、同女が自己の印鑑を所有し、不動産処理の際等に使用していたことは、前認定のとおりであるが、右使用は官庁に提出する書類等特に先方から押印を要求されるものに限られ、そうでないもの、例えば火災保険契約書の如きものについては日本国籍取得後においてもサインをするだけで押印していなかつたことが、〈証拠略〉により認められるから右印鑑を所有し使用した事実も右認定を左右することはできない。次に、欧文のサインが漢字による署名に比し遙かに偽造変造が困難であることは、周知の事実であるから本件遺言書の如く欧文のサインがあるものについては、押印を要件としなくとも遺言書の真正を危くするおれそは殆どないものというべきである。以上の理由により、本件遺言書は前説示に従い有効とするのが相当である。

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