公正証書遺言の署名ができない場合にあたるとされた事例

事案の要点

  • 遺言者は、遺言作成当時、胃がんで入院していたが、手術に耐えられない程に病状が進行していたが署名が不可能とまでは言えない状態だった。
  • 本件遺言は、公証人が病院に出張して作成されたが、遺言者は病床から半身を起こして口授を行い、15分程度を要した。
  • 遺言者は、公正証書遺言に署名する旨を申し出たが、公証人は、遺言者の疲労・病状の悪化を慮って署名をさせることなく、遺言者が病気により署名できない旨を付記した

判例のポイント

結論

遺言者が署名することができない場合(民法969条4号ただし書)にあたり、署名がなくとも遺言は有効である。

判断のポイント

民法969条4号は、公正証書遺言の成立要件として、遺言者の署名・押印を要求しているところ、同号ただし書において、「遺言者が署名することができない場合は、公証人がその理由を付記して、署名に代えることができる。」としています。この事案では、遺言者が署名することができない場合にあたるかが争点になりました。

上記の署名ができない場合とは、遺言者が読み書きができない場合に加え、病気、障害等の身体的な理由により文字の記載が困難な場合を言うものとされており、遺言者が病気等におり署名が不可能であることまでは要求されていないと考えられます。現実的に考えても、遺言作成の現場において、遺言者が署名が不可能か困難ではあるものの不可能とまでは言えない状態であるかの判断は容易ではありません。このような事情を背景として、この事例では、署名ができない場合にあたるとして遺言が有効とされました。

判例紹介

最判昭和37年6月8日民集16巻7号1293頁

原判決が本件遺言の際における諸般の事情を認定して、かかる場合は民法九六九条四号但書の自書不能の場合に該当するものと判示したのは正当である。所論は原判決の認定に添わない事実関係をもとにして、原判決の右判断を非難するものであつて採用することはできない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

札幌高裁函館支部昭和36年4月4日 ※上記最判の控訴審

昭和三十一年十月二十九日午前九時頃自己が入院中の函館ドツク病院の病室に公証人渡辺礼之助を招き前記のような内容の公正証書による本件の遺言をなし、右遺言は原判決認定の如き法定の手続を履践してなされた事実、但し同公証人は右ツナの病気が胃癌であることを聞き知つており且つ同女が約十五分間病床に半身を起こしたまま口述した後であつたので、同女が署名を自書すると申出たけれども、疲労や病勢の悪化を考慮して自書を押し止め、同公証人において遺言者が病臥中につき自書不能である旨を附記して奈良ツナの署名を代書し且つ同人の印鑑を押捺した事実を認めることができる。

原審証人奈良君子の証言(第一、二回)、原審並に当審における控訴人奈良テツ及び同奈良ハツ(原審においては第三回)の各本人訊問の結果中には昭和三十一年十月二十九日前後は奈良君子及び控訴人奈良テツが病院に泊り込んで看護にあたつており、右二十九日当日昼間は控訴人奈良ハツもツナの病床につめていたが、公証人が来て遺言書を作成したことはないとの趣旨の前記認定に反する供述部分があるが、右各供述についてはいずれも日時の正確性について特に明確な供述がなく、前記各証人の証言並に被控訴本人及び控訴人高田スヱ本人の供述に照して、措信できない。その他にも前記認定を覆すに足りる何ら適切の証拠はない。

控訴人等は本件遺言は遺言者の自書を欠くので民法第九六九条の定める方式に違背し無効であると主張するので、この点について考えるに、遺言者の自書を欠くことは前記認定のとおりであり、そして前記の如く遺言者ツナは口述のため約十五分も病床に半身を起していたのであるから、同女が自己の署名を自書することが全く不可能であつたとは認められないけれども、原審証人清水亮の証言によつても認められる如く同女は函館ドツク病院に入院した当時既に手術に堪えられない程に病勢が進んでいたのであり、そして同女は自書することを申出たけれども渡辺公証人は同女の疲労や病勢の悪化を慮つて自書をやめさせたことは前記認定のとおりであつて、右の如き事情の下においては遺言者が自書をしなかつたことは至極当然であり、遺言書の作成等に関する法律的知識に明るいところの公証人の言に反対までして自ら署名をなすことを期待するのは無理であるから、かかる場合は民法第九六九条第四号但書の自書不能の場合に該当するものと解すべきである。そして公証人渡辺礼之助が自書不能の事由を附記したことは前記のとおりであるから、本件の遺言は何ら民法第九六九条の定める方式に違背しないものといわなければならない。なお自書不能の場合は公証人においてその事由を附記すれば足り、遺言者の署名を代書し捺印する必要のないことは右民法の規定に照し明かであるけれども、公証人においてその事由を附記すると共に、遺言者の署名を代署しその印鑑を押捺しても、その故に方式に違背するものと云うことのできないことはいうまでもない。よつて本件遺言は有効と認むべきこと明かである。

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