うつ病・認知症の患者の公正証書遺言が無効とされた事例

事案の要点

  • 遺言者は昭和55年4月25日に全財産を妻に相続させるとの自筆証書遺言を作成した。
  • その後、遺言者は妻の生存中である平成19年3月2日に全財産を妹に相続させるとの公正証書遺言を作成した。
  • 遺言者は公正証書遺言作成時、81才であり、うつ病・認知症を患っていた。
  • 遺言者が公正証書遺言を作成した直前の診療録には「認知症」との記載はあるが具体的な症状・程度は記載されておらず、また、遺言者が認知症のテスト(検査)を受けたこともなかった。
  • 公正証書遺言作成2週間前の時点に実施されたCT検査でも脳に萎縮は見られなかった。
  • 平成19年2月28日時点で、遺言者は、精神科医から種々の薬の処方を受けており、同年3月1日時点でも、リスパンダールの処方を受け、夜間覚醒による不眠を訴えている状態だった。

判例のポイント

結論

原審(横浜地裁横須賀支部)の判決を取消し、本件遺言は有効とは認められないとした。

判断のポイント

本判決の判断枠組み

本判決は、医療記録等を根拠に、公正証書遺言作成当時、遺言者には、特段の事情のない限り、遺言能力は認められないとしつつ、遺言作成の経緯、作成時の手続、遺言作成の合理的理由の有無を特段の事情を認定するための事情として位置づけて検討しています。

本判決で示された事実関係は、一般的な文献でも遺言無効確認請求訴訟において重要である旨言及がされておりますが、これらの事実関係の相互関係を明確にして、遺言能力の判断枠組みを示している点が参考になります。

医療記録等による意思無能力の推認

本判決は、平成10年頃からの遺言者に病状等を認定し、特に、公正証書遺言作成の直近である平成19年2月から同年3月1日までの間について、詳細に医師の所見、これに基づく投薬状況及び遺言者の問題行動等を認定した上で、これらの状況に照らし、遺言能力の有無について次のとおり判断を示しました。

『太郎は、本件遺言書が作成された直近の時期及び三月二日に意思能力があったとは認められないから、特段の事情のない限り、本件遺言作成時においても意思能力がなく、したがって、遺言能力がないと推認される。』

一般的に、遺言を作成時の意思能力を直接証明する医療記録等は、医師が遺言作成に同席した等の事情がない限り存在しません。そこで、上記判決では、遺言作成の直近の時期と公正証書遺言作成日について意思能力がないと認定し、この事実をもとに公正証書遺言作成時も遺言能力がなかったと推定するという判断手法をとっています。

意思無能力の推認を覆す特段の事情の検討

本判決は、遺言能力がないとの推認を覆す特段の事情との関係で概ね以下の事情について検討しています。   

  1. 遺言作成の経緯
  2. 公正証書遺言作成時の手続
  3. 遺言を作成する合理的な理由(動機)

まず、1.遺言作成の経緯について、本判決は、『太郎の聖の郷からセンペルへの転院は、戊田からの申し出によるものではなく、太郎本人の希望にも反して被控訴人の一存で行われたものであり、被控訴人は、太郎に無断で太郎の住所を被控訴人の自宅住所に変更するとともに、無断で印鑑登録まで行い、太郎から旧遺言書を作成したことや新たに遺言をしたいとの話を聞いてはいないのに、被控訴人が太郎から全財産の相続を受ける内容の遺言と任意後見人契約を締結する手続を丁原公証人との間で打ち合わせ、公正証書遺言作成のための印鑑証明書を入手して、本件遺言書等の作成に立ち会ったこととなる。』と判示し、転院から公正証書遺言作成までの一連の手続が被控訴人(遺言者の妹)主導で行われたことを認定しています。

遺言作成の経緯について、仮に、遺言者が自らの意思で転院し、公正証書遺言の作成を依頼しているのであれば、これらの行為自体が遺言者の遺言能力を裏付ける事情として特段の事情の認める方向に働くと思われます。

しかし、実際には、転院から公正証書遺言作成までの一連の手続が被控訴人(遺言者の妹)主導で行われたとの認定により、特段の事情を否定するだけでなく、遺言能力がないとの判断を裏付ける事情として評価されています

次に、2.に公正証書遺言作成時の手続について、本判決は、『丁原公証人の本件遺言書等の作成手続には本人(自宅住所)確認の不十分、受遺者を排除していない、署名の可否を試みていない、太郎の視力障害に気づいていない、任意的後見契約を太郎が理解できたかなどの諸点に疑問がある』ことから『本件遺言の作成手続が、太郎の正常な判断能力の下に適正にされ、太郎の真意に基づき本件遺言書が作成されたかについては、疑問が残るというほかない』と判示しています。

上記判示は、公証人が適正な手続を踏んで公正証書遺言を作成したのであれば、遺言者の遺言能力を疑わせる事情がなかったと考えられる(仮に適正な手続を踏んで遺言者の異常に気が付けば遺言の作成はなされない可能性が高い)ことを前提に、上記のような公正証書遺言の作成手続では、遺言者の遺言能力を裏付けるものとは評価できないとの趣旨であり、この点から特段の事情を否定する方向の事情として評価されたものと思われます。また、上記の事情は特段の事情を否定するだけではなく、遺言能力がないとの判断を裏付ける事情として評価されています。これは、通常の判断能力がある人物に対して、上記のような極めて疑問のある公正証書遺言の作成手続が行われることは考え難いとの経験則を前提としているものと思われます。

原審との判断が分かれたポイント
(1)見当識と遺言能力の関係

原審では、『見当識障害や意識障害は特に認められず、意思疎通はできていたことが認められることに照らすと、亡太郎が認知症に罹患していたとしても、遺言能力を欠く程度のものであったとは認め難い』として、見当識に障害がないことを遺言能力を肯定する事情として評価しています。

他方、控訴審である本判決では、『弁護士法二三条の二に基づく照会請求に対し、clear(清明)と記載したのは、いわゆる判断力についてではなく見当識は保たれているとの意味である旨回答しているのであり、見当識は意思能力より低い認識能力であることは明らかであるから、この診断書の記載から、本件遺言当時、太郎に遺言能力があったと認めることは相当とはいえない。』としており、見当識に障害がないことを意思能力(遺言能力)判断の重要な要素としては評価しておりません。

(2)要介護認定(要介護度1)の評価

要介護認定については、原審が遺言者が「要介護1」であることを遺言者の遺言能力を肯定する事情をして挙げているのに対し、本判決は、『太郎について、平成一九年二月二〇日に介護支援専門員による要介護1の認定がされたことが認められるが、その根拠についての記述は全くなく、そもそも、介護認定は、介護支援を目的にするものにすぎず、医療機関による治療を目的とした医療行為の内容を否定する根拠とはなり得ない。』として否定的に評価しています。

要介護認定における要介護度は、申請者に対して、どの程度の介護が必要かを示すものであるところ、要介護度は、申請者の精神的能力、身体的能力の両面から判断することになるため、要介護度と精神的な能力は必ずしも一致しません。例えば、精神的な能力に全く問題がないものの身体障害により要介護度が高く認定されているケース、精神的能力の低下はあるものの、身体的には全く問題がないため要介護度が低く認定されているケースがあります。この意味で、単純に要介護度から遺言能力の有無を認定することは無理があると思われます。もっとも、要介護認定に関しては、認定調査が行われ、その結果が資料化されます(認定調査票)。認定調査票には、申請者の心身の状況がことこまかに記録されていることから、介護支援目的で作成されるものではありますが、遺言能力を判断する際に重要な資料になると思われます。

(3)公正証書遺言作成の経緯の評価

公正証書遺言作成の経緯に関し、原審は、『原告が、原告住所地に亡太郎の住民登録を移して、公正証書作成依頼に必要な印鑑証明書を取得したこと』遺言能力判断に影響を与えるものではないと判示しました。

他方、本判決は、上記公正証書遺言作成の経緯を特段の事情との関係で検討し、むしろ遺言能力がないことと整合するとの評価をしています。

遺言作成の前後の具体的な遺言者の言動が遺言能力の有無との関係で重要な事実であることから、本判決の評価が妥当と思われます。

(4)公証人の調査嘱託に対する回答に関する信用性の評価

原審は、公証人の調査嘱託に対する回答につき、『公証人丁原は、亡太郎の病室の位置や、同人の言動について、相当具体的かつ詳細に述べているところ、公証人丁原が積極的に事実に齟齬する回答を提出するとは考え難い』点を根拠に信用性を肯定しています。

これに対し、本判決は、『複数の医療機関の医療記録上、太郎には易怒性があり、初対面の人物に対しては、拒否的対応をする傾向にあるとの指摘があり、太郎が遺言書を作成したいと言い出した事実は存しないこと』という客観的な事実との関係で公証人の回答の信用性に疑問を呈しています。証拠の信用性の判断については、客観的な事実との整合性を重視すべきとの点からは、本判決の判断に分があるように思われます。

(5)公正証書遺言をする合理的理由の有無

公正証書遺言をする合理的理由について、原審は、『亡花子は、本件遺言がされた当時、末期がんにより入院しており、亡太郎も、亡花子の病名、病状等を把握していたと考えられるから、旧遺言の内容を変更しようとすることは十分あり得ること』と判示しました。

これに対し、本判決は、『花子が自分が入院するに際して、うつ病や認知症、白内障による視力障害等により、日常生活に介護が必要な太郎について、聖の郷への入所を手配し、平成一九年二月一四日には太郎にチョコレートを贈るような配慮をしていることからすると、花子は、太郎に比べ、精神的には健全であったと解される。そうすると、花子が自身の病名やその進行の程度について、太郎に告げることは考え難く、また周囲の者がこれを告げることも想定し難いことからすると、ほぼ全盲の視力障害の状態にあり、うつ病及び認知症に罹患していた太郎において、花子の病名やその進行の程度について、認識していたとは解されない。』と判示しました。

原審と控訴審で、花子(遺言者の妻)の病状を遺言者が認識していたか否かの認定が分かれており、当事者である遺言者が死亡していることからするとこの事実認定は非常に微妙な判断だと思われます。しかも、本判決では、遺言者が妻の病状を認識していないことを理由に公正証書遺言を作成する合理的理由が見当たらないとされ、この事実は重要な間接事実であるとまで評価されていますので、もし、遺言者が妻の病状を認識していたとの認定になった場合、遺言の有効性に関する結論にも影響が大きいのではないかと思われます。

判例紹介

以下の判例紹介は、かなり長文ですのでご興味があるかたは、PCでご覧になったほうがいいと思います。

東京高判平成25年3月6日判例時報2193号12頁

三 以上の認定事実に基づき、本件遺言が有効であるかについて検討する。

(1)本件遺言当時の太郎の遺言能力について

ア 被控訴人は、太郎はセンペル入院後、心身とも安定した状態になり、担当医であった甲田医師作成の診断書によれば、平成一九年三月一〇日くらいまでは意識は清明(clear)であったのだから、遺言能力は十分にあった旨主張する。
そこで判断するに、有効な遺言をするには、遺言者に遺言能力、すなわち遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力たる意思能力がなければならない。甲田医師は、同人に対する弁護士法二三条の二に基づく照会請求に対し、clear(清明)と記載したのは、いわゆる判断力についてではなく見当識は保たれているとの意味である旨回答しているのであり、見当識は意思能力より低い認識能力であることは明らかであるから、この診断書の記載から、本件遺言当時、太郎に遺言能力があったと認めることは相当とはいえない。

イ 被控訴人は、太郎はセンペルに転院後、数日で病院の設備やスタッフに慣れ、安定した日々を送るようになっており、太郎の状態が悪化したということはなく、太郎が認知症であった証拠はないし、仮に認知症であったとしても、アリセプト剤は記憶力の減退等の対応薬として使用されることもあり、これを処方されたからといって遺言能力を欠く認知症であったことにはならず、平成一九年二月二二日の肺炎発症は、食事が気道に入ったための一過性のもので、すぐに改善されており、遺言能力に影響はない旨主張する。
そこで判断するに、上記二に認定したとおり、〈1〉太郎は昭和六三年ころにうつ病に罹患し、平成三年には、埼玉医科大学病院において難治性の退行期うつ病と診断され((1)ウ、オ)、〈2〉平成一〇年の実母二江の通夜の際の異様な行動、平成一八年八月時点の拒食行動があり((1)オ、カ)、〈3〉同年一二月一三日から同月二一日まで入院した湘南中央病院では、見当識障害、拒否が強く、認知症との指摘がされ((1)ク)、〈4〉同日から平成一九年二月一四日まで入所した聖の郷では、うつ病発症後の引きこもりによる身体機能の低下、視力障害から日常的に介護を要し、入所当初の介護拒否や拒食、ベッドでの臥床を好んでいたとの指摘があり((3)ウ(イ))、〈5〉同日から同年四月一九日まで入院したセンペルでは、入院当初から主訴及び既往症として認知症が指摘され((2)イ(ア))、同年二月一五日には便こねが見られ(同(イ))、同月一七日には認知症との診断のもと食事が変更され(同(ウ))、同月一九日には、認知症、うつ病の所見のもとに認知症処方薬であるアリセプトが処方されるとともに、その旨家族(被控訴人及びその夫)に説明され(同(エ))、同月二〇日には大声独語、幻視幻聴、妄想、ベッドよりの滑落、体動、言語活発、不穏強いなどの所見からセルシン(精神安定剤)、ジアゼパム(催眠鎮静剤)、ベゲタミン(睡眠導入剤)、メディピース(抑うつ剤)が処方されたが、体動が少なくなったものの幻視、幻聴が続き、不穏上昇で夕食も摂取できず、手になにか汚れたものがついているような妄想を訴え(同(オ))、同月二一日には、血中の酸素飽和度の低下が見られたことから、酸素吸入のための鼻カニューレが装着され、同日、傾眠状態で精神科の丙山医師は診察はできず、二〇日にかなりひどい興奮状態であったことから、リスパダール(精神安定剤)、セレネース(抗精神病薬)、ロヒプノール(不眠症治療薬)の投与及び解熱後のアリセプトの投与再開が指示され(同(カ))、同月二八日には丙山医師による情動不安定、易怒性、常同保続(同じ行為を意味なく繰り返すこと)の所見のもと、就眠前のリスパダールが処方され(同(ス))、同三月一日、二日には、就眠前のリスパダールが処方され、時々夜間覚醒、不眠の疑いが指摘され(同(セ)、(ソ))、同月七日には一旦、情動不安定な状態、不穏、暴力は見られなくなったものの(同(チ))、同月一五日には認知症、妄想、夜間不穏が現れており(同(テ))、同月二八日には、丙山医師は太郎に認知症はあり、FTLD(前頭葉型認知症)に近い病態と思われるとの診断のもと、不穏や常同行動が強いなどの行動上の問題がある場合のリスパダールの追加頓服を指示しており(同(ヌ))、〈6〉太郎は同年二月二二日に誤嚥性肺炎を発症し、二四日まで三八度から三七・五度の熱を出していたこと(同(キ)ないし(ケ))からすると、本件遺言書が作成された同年三月二日の太郎の精神状態を含む症状は認知症とみるほかないと解される。問題はその認識能力のレベルであるが、この点については、二月一九日と二〇日には大声独語、幻視幻聴、妄想、ベッドよりの滑落、体動、言語活発などとかなり問題がある行動があり、同月二八日には精神科の丙山医師による情動不安定、易怒性、常同保続の所見から種々の薬剤が処方され、三月一日にもリスパダールが処方されていたのであるから、三月二日に不穏行動がなかったとしても、うつ病及び認知症という病気の影響や複数の薬剤による影響により、太郎は、判断能力が減弱した状態にあり、遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な正常な判断能力、すなわち意思能力を備えていたと認めるのは困難である。

ウ なお、太郎について、平成一九年二月二〇日に介護支援専門員による要介護1の認定がされたことが認められるが、その根拠についての記述は全くなく、そもそも、介護認定は、介護支援を目的にするものにすぎず、医療機関による治療を目的とした医療行為の内容を否定する根拠とはなり得ない。甲野太郎の精神鑑定書は、鑑定人が、太郎を自ら診察した上で行われたものではなく、訴訟の一方当事者である被控訴人の依頼に基づき作成されたものであるから、その結論に一定の影響が生じることが否定できないことからすると、上記二に判断した実際に看護及び治療に携わった医療機関の診察内容や判断を否定する根拠にはなり得ない。したがって、上記鑑定書の結論を採用することはできない。

エ 以上によれば、太郎は、本件遺言書が作成された直近の時期及び三月二日に意思能力があったとは認められないから、特段の事情のない限り、本件遺言作成時においても意思能力がなく、したがって、遺言能力がないと推認される。以下では間接事実からこの点についてさらに検討する。

(2)太郎のセンペルへの転院、住所変更及び本件遺言が作成されるに至った経緯について

ア 太郎のセンペルへの転院について
太郎がセンペルへ転院することとなった経緯について、被控訴人は、平成一九年一月二三日に戊田より被控訴人に電話が入り、花子が危ない(死期が迫っている)ため戊田と乙原六江で太郎に今後どうするか尋ねたところ、太郎は、被控訴人に面倒を見て貰うと言ったので、今後はそちらで面倒を見てもらいたいとのことであった旨主張し、被控訴人は、陳述書において、同日、戊田から電話が入り、花子がいよいよ危なくなった、花子の病状を考えると太郎にこのまま聖の郷に居てもらうことは無理だ、戊田や乙原が太郎の面倒まで見ることができない、太郎に尋ねたところ、太郎は被控訴人に面倒を見てもらうと言ったのでこれからは被控訴人にお願いしたいと言われた旨陳述する。
そこで判断するに、太郎の聖の郷からの退所の経緯については、上記二、(3)ウに認定したとおり、聖の郷の看護師長丙田七江が、退所は被控訴人よりの申し出によること、最初、聖の郷の施設長に被控訴人より退所の申し出があり、入所時の保証人である戊田の意向を確認してみることとなり、戊田からそれなら本人の意向を聞いてみるということになったが、戊田の都合がつかず、施設側で本人の意向を確認してほしいということになり、施設長が本人に確認したところ、どこにも行きたくないということであったが、その後、被控訴人より戊田とは話し合いができたので、被控訴人の意向通りに進めるとのことで、転所の手続をとられたが、本人が希望したかどうかは不明と回答していることが認められる。
この丙田看護師長の回答は、裁判所の調査嘱託に対する回答であり、丙田が殊更に事実と異なることを回答する理由は考えがたいから、この回答のとおりの事実があったものと認めるのが相当である。また、花子は、平成一九年二月一四日のバレンタインデーに太郎にチョコレートを贈っていることからすると、同年一月二三日の時点で花子の死期が迫っているという状況があったとも考え難い。そうすると、同日に、戊田との間で、太郎が被控訴人に面倒を見て貰うと言ったので、今後はそちらで面倒を見てもらいたいとの電話でのやりとりがあった旨の被控訴人の陳述内容は、丙田の回答と明らかに矛盾しており、採用することができない。

イ 太郎の住所の変更及び印鑑証明書の入手について
被控訴人は、被控訴人が平成一九年二月二〇日付けで太郎の住所を被控訴人の自宅住所に変更したことについて、医療保険や固定資産税納付手続の関係からも、太郎の住民登録を藤沢に置いておくことは出来ないので、住民登録を逗子に移したのであり、被控訴人が花子や戊田との話し合いの上で、太郎の世話を一手に引き受けることとした以上、被控訴人宅に住民登録を移すのは当然である旨主張し、被控訴人は、陳述書において、医療保険や固定資産税の納付手続の関係から、太郎の住所を被控訴人の自宅住所に住民登録を移したのであり、公正証書遺言を作るために移したのではない旨陳述し、被控訴人本人尋問においても、事務処理のため、被控訴人が住民登録を移した旨供述する。
そこで判断するに、太郎の住所を逗子市に移すためには、まず藤沢市に太郎の転出届を出し、転出証明書を添付して逗子市に転入届を提出することとなるが、いずれの届出についても、本人の意思に基づかずに各種の届出がされることを防止するため、手続を行う者の身分証明書の提示とともに、代理人が行う場合、本人の自筆の委任状が必要とされている(公知の事実)。被控訴人は、太郎に事前に了解を得ることなく、住民登録の変更を行ったことを認めているから、太郎から委任状の交付を受けることなく、またその作成について承諾を得ることなく、太郎名義の委任状を作成するなどして、藤沢市への転出届を提出し、逗子市への転入届を提出したこととなる。被控訴人は、住所変更の目的について、医療保険や固定資産税の納付手続の関係及び事務処理のためというが、太郎は既に国民健康保険の加入者であるところ、被控訴人の述べる医療保険というのが何であるか全く不明であり、固定資産税は毎年一月一日現在の不動産の所有名義人に課せられ、納付書は通常は不動産登記簿上の住所に送付されるから(公知の事実)、平成一九年二月二〇日の時点で太郎の住所を被控訴人の住所に変更する意味はない。納付書の転送を受けたいのであれば、郵便局に転送届を出しておけば足りる。さらに、住所の届出は、居住の実態を伴うものであるべきであるが、太郎が被控訴人の自宅に居住した実態はない。被控訴人は、本人尋問において、「お兄さんがやってくれとおっしゃったんですか。」との質問に対し、「いや、事務処理をするために私が、話はしました、兄にね。ですけど、そうかいって言って、兄は承知しておりましたけど。」と、太郎に後に話をして承諾を得たかのような供述をするが、陳述書にはそのような記載はなく、そもそも太郎は、聖の郷から移動することすら希望していなかったのであり、被控訴人と戊田との間にて被控訴人の主張するようなやりとりがあったとは認められないことは上記アに判断したとおりである。これに加えて、平成一九年二月一四日から二〇日の間のセンペルでの太郎の様子は、上記二、(2)、イ(ア)ないし(オ)のとおりであって、何をするにも拒否傾向、医療者側からは攻撃的性格と見られ、大声独語し、幻視、幻聴があり、相当に不穏な精神状態であったのであるから、被控訴人が本人尋問で供述するような正常なやりとりがされる状況にはなかったことが明らかである。そして、被控訴人は、本人尋問において、逗子市に対し、太郎の印鑑登録をしたことを認めているが、この印鑑登録にも太郎本人の自筆の委任状が必要となるが、この手続についても、太郎の意思に基づいて行われていないことが、被控訴人の陳述書の陳述及び本人尋問の供述内容から明らかである。
そうすると、被控訴人は太郎の承諾なく、太郎の住所を被控訴人の自宅住所に変更し、太郎名義の印鑑登録をしたものと認められるのであり、上記経緯及びその後の太郎の病状、その他太郎が自身の住所が被控訴人の自宅住所に移動されたことを知りうる事実経過が認められないことからすると、太郎は、自身の住所が被控訴人の自宅住所に移動されていることを全く知らなかったこととなる。

ウ 本件遺言書が作成されることとなる経緯について
被控訴人は、太郎は、センペルに転院するころには花子が完治不能であり、死期が近い事を十分に認識しており、旧遺言書は役に立たないことを認識し、二月下旬ころ、被控訴人に対し、遺言書を作りたいと言い出した旨主張し、被控訴人は陳述書において、平成一九年二月二三日、太郎は、被控訴人に対し、昭和五五年ころ、自分の財産を花子に相続させるという自筆の遺言書を作っているが、花子は末期がんで死期が迫っている状態なので旧遺言書は役に立たない、自分が死んだら財産はすべて被控訴人に相続してもらう、遺骨は被控訴人に葬ってもらう、生きているうちにボケてしまったら被控訴人に全財産を管理してもらうという遺言書を作っておきたい、公正証書で作りたいと言い出した旨陳述し、被控訴人本人尋問においても、太郎が被控訴人に遺言書を作成したいと言ったのは二月二三日に間違いない旨供述する。
そこで判断するに、上記二、(2)、イ(オ)ないし(ケ)に認定したとおり、〈1〉太郎は、センペルに入院後の同年二月二〇日から二四日にかけて、大声独語、幻視幻聴、妄想、ベッドよりの滑落、体動、言語活発などの不穏行動が見られ、セルシン、ジアゼパム、リスパダール、セレネース、ロヒプノールなどの薬剤が処方されており、〈2〉二三日には午前一時三〇分から大声を発し、午前一二時ころには傾眠がちで、声かけに発語する程度で、午後一一時ころには、点滴針を自己抜去したり、せん妄があり、〈3〉二一日に発症した誤嚥性肺炎により、二三日にも三七・六度の熱を出し、鼻カニューレによる酸素吸入を受け、傾眠がちであり、二四日にも傾眠状況が見られることからすると、太郎が、二三日に被控訴人に対し、被控訴人が陳述し、また供述するような旧遺言書を作成していること、花子の死期が近いこと、遺言を作成したいこと、被控訴人に全財産を管理して貰いたいこと、公正証書遺言にしたいことなどを言い出せる身体的、精神的状況になかったことは明らかである。また、花子が自分が入院するに際して、うつ病や認知症、白内障による視力障害等により、日常生活に介護が必要な太郎について、聖の郷への入所を手配し、平成一九年二月一四日には太郎にチョコレートを贈るような配慮をしていることからすると、花子は、太郎に比べ、精神的には健全であったと解される。そうすると、花子が自身の病名やその進行の程度について、太郎に告げることは考え難く、また周囲の者がこれを告げることも想定し難いことからすると、ほぼ全盲の視力障害の状態にあり、うつ病及び認知症に罹患していた太郎において、花子の病名やその進行の程度について、認識していたとは解されない。
したがって、平成一九年二月二三日に太郎が、旧遺言書を作成してあるが花子の死期が近いことから、遺言を作成したい、被控訴人に全財産を管理して貰いたい、公正証書遺言にしたいと言い出した旨の被控訴人の陳述書の陳述及び本人尋問における供述は、不合理であって、採用することができない。そして、他に、太郎から、被控訴人に対し、公正証書による遺言の作成や全財産の管理にかかる契約書を作りたいとの発言があったことを認めるに足りる証拠はない。

エ 以上によると、太郎の聖の郷からセンペルへの転院は、戊田からの申し出によるものではなく、太郎本人の希望にも反して被控訴人の一存で行われたものであり、被控訴人は、太郎に無断で太郎の住所を被控訴人の自宅住所に変更するとともに、無断で印鑑登録まで行い、太郎から旧遺言書を作成したことや新たに遺言をしたいとの話を聞いてはいないのに、被控訴人が太郎から全財産の相続を受ける内容の遺言と任意後見人契約を締結する手続を丁原公証人との間で打ち合わせ、公正証書遺言作成のための印鑑証明書を入手して、本件遺言書等の作成に立ち会ったこととなる。

(3)本件遺言書の作成手続について、検討する。

ア 被控訴人は、本件遺言は、遺言能力のある太郎が、clear(清明)な意思にもとづき口授した遺言の趣旨を、証人二人の立会のもとに公証人が筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせた上で、遺言者及び証人が筆記の正確なことを承認して、署名押印し、さらに公証人が適式に作成されたことを附記して作成された旨主張し、本件遺言書作成時の関係者の発言や太郎の様子について、丁原公証人は、原審の調査嘱託に対し、丁原公証人があいさつをすると、太郎が上半身を起こしながら、「おー、そうだ。ご苦労さん」と答え、太郎の遺言と後見契約を作りに来たが良いかと尋ねたのに対し、太郎が「あー分かっている。夏子に全部任せるので頼む」と述べて、これに同意したことから、丁原公証人の来訪目的、遺言等の書類の作成について十分理解していると確認した旨回答した(引用にかかる原判決の前提事実(5))。

イ そこで、この丁原公証人の回答内容について、検討する。

(ア)本件遺言書の作成手続は、平成一九年三月二日にセンペルの太郎の病室で行われ、太郎と丁原公証人は、このときが初対面であり、丁原公証人は、印鑑証明書により本人確認をした旨本件遺言書に記載している。しかし、太郎の印鑑証明書の住所は、被控訴人の自宅住所に変更されているが(印鑑証明書自体は証拠として提出されていないが、本件遺言書の太郎の住所は被控訴人の自宅住所となっている。)、このことは太郎は全く認識していない(上記(2)イ)。したがって、丁原公証人が太郎の本人確認の手続を間違いなく行い、太郎が正常な判断能力を有していたのであれば、太郎は住所が異なることを指摘するはずであるが、丁原公証人の回答にはそのような記載はない。

(イ)公証人が公正証書遺言を作成するに際しては、遺言により利益を得る者の遺言者に対する影響をできるだけ排除するべきであるところ、本件では、遺言者が依頼をしていないにもかかわらず、被控訴人と公証人との間で遺言内容が打ち合わされ、その打ち合わせに携わった被控訴人が同席しており、公証人と太郎のやりとりに際し、被控訴人の介入が全くなかったかは不明である。

(ウ)公正証書遺言の作成に際しては、遺言者本人の署名捺印が可能であれば、本人により署名捺印が行われるべきである。実務上もまず、署名の可否を判断するべく、下書きをさせることなどの配慮がされることが多いが、本件では医療記録上、太郎について、手指が不自由であるとの記載は全くないにもかかわらず、丁原公証人の回答からは、署名の可否を試みた経緯の記述がない。

(エ)遺言書の内容を確認するための口授に当たっては、実務上、遺言者が署名するばかりとなった公正証書遺言書を遺言者の面前に示して、読み聞かせて行われるのが一般的である。本件では、医療記録上、太郎について、視力障害によりほぼ全盲の状態であるとの記載が多々あるから、丁原公証人の口授が適切に行われたのであれば、丁原公証人は太郎の視力障害の事実を認識し、これに関する記述がされるはずであるが、丁原公証人の回答には、太郎の視力障害について記載が全くない。

(オ)丁原公証人は、本件遺言書のほかに、委任契約及び任意的後見契約公正証書を同一の機会に作成しているが、任意的後見契約は、それ自体一般的なものではない上、実際に作成された任意的後見契約公正証書は、委任契約と後見契約に分かれ、委任契約の本文が第一条から第一〇条に及ぶほか、任意代理権目録として一から一八項の事項が、また後見契約の本文が第一条から第一〇条に及ぶほか代理権目録として一から一八項の事項が詳細に列記されていることからすると、ほぼ全盲状態の太郎が、この契約書や目録の内容を読み上げられたとして、その内容を真に理解していたとは考え難い。

ウ 以上の疑問点に加えて、複数の医療機関の医療記録上、太郎には易怒性があり、初対面の人物に対しては、拒否的対応をする傾向にあるとの指摘があり、太郎が遺言書を作成したいと言い出した事実は存しないことからすると、丁原公証人が同年三月二日に太郎の病室を初めて訪れあいさつをしたのに対し、太郎が上半身を起こしながら、「おー、そうだ。ご苦労さん」と答え、太郎の遺言と後見契約を作りに来たが良いかと尋ねたのに対し、太郎が「あー分かっている。夏子に全部任せるので頼む」と述べたというのは、相当に違和感があり、丁原公証人の回答のみから、本件遺言の作成手続が、太郎の正常な判断能力の下に適正にされ、太郎の真意に基づき本件遺言書が作成されたかについては、疑問が残るというほかない。

(4)小括

以上の検討結果を整理すると、次のとおりである。

まず、〈1〉上記(1)に説示したとおり、本件遺言書作成当時、太郎は、うつ病と認知症に罹患しており、平成一九年二月一九日と二〇日には大声独語、幻視幻聴、妄想、ベッドよりの滑落、体動、言語活発などの問題がある行動があり、同月二八日には精神科の丙山医師による情動不安定、易怒性、常同保続の所見から種々の薬剤が処方されていた状態であり、同年三月一日の時点においてもリスパダールを処方され、夜間時々覚醒していて不眠を訴えており、太郎は、判断能力が減弱した状態にあり、意思能力を備えていたと認めることが困難である。この認定・判断を左右するに足りる特段の事情があるかをみると、〈2〉上記(2)エに説示したとおり、本件においては、太郎のセンペルへの転院が本人の希望に反して被控訴人の一存で行われ、被控訴人が太郎に無断で太郎の住所を被控訴人の自宅住所に変更し、無断で印鑑登録まで行い、太郎が新たに遺言をしたいとの話を聞いてはいないのに、被控訴人が太郎から全財産の相続を受ける内容の遺言を作成する手続を行っている上、丁原公証人の本件遺言書等の作成手続には本人(自宅住所)確認の不十分、受遺者を排除していない、署名の可否を試みていない、太郎の視力障害に気づいていない、任意的後見契約を太郎が理解できたかなどの諸点に疑問があることは、むしろ上記〈1〉の認定・判断に整合するものである。

さらに、〈3〉太郎は、自分の全財産を妻である花子に相続させるとの自筆による旧遺言書を作成しているところ、平成一九年三月二日当時、花子の病名やその進行程度について正しく認識しておらず、花子が生存中であるにもかかわらず、全財産を被控訴人に相続させる旨の遺言を作成する合理的理由が見あたらない(被控訴人の主張は、その前提を欠く。)。このことは、本件における重要な間接事実であり、仮に、太郎との間に丁原公証人の回答にあるような太郎の発言があったとしても、突然に現れた丁原公証人の来訪目的や遺言等の作成の意味を十分に理解し、真に本件遺言等を作成する意思の下に太郎が応答したものと認めることは困難であるというほかない。

以上によれば、太郎は、本件遺言時に遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力たる意思能力を備えておらず、遺言能力があったとはいえないから、本件遺言は有効とは認められない。

四 結論

以上によれば、被控訴人の本件請求は理由がないから棄却すべきところ、これを認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消した上、被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

第22民事部
(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 柴田秀 裁判官 河田泰常)

横浜地裁横須賀支部平成24年9月3日判例時報2193号23頁

二 亡太郎の遺言能力

(1)被告らは、亡太郎が、認知症であり、本件遺言前に高熱を出して不穏行動を繰り返し、重篤な肺炎にり患し危機的状況にあったことなどにより、本件遺言当時、遺言の意味内容は分からず、遺言能力はなかったと主張するので、以下、亡太郎の遺言能力について検討する。
まず、前記前提事実(4)ウ、エ、前記認定事実(1)、同(4)イ、エ、キ、同(5)によれば、亡太郎が、センペルに入院していた際の診療録等に「認知症」との記載があること、その入院当時、亡太郎には、視力障害、排尿障害があり、高齢で身体機能も低下していたため、日常生活に介護を要していたこと、精神面に関して、時折情緒不安定な状態になって、大声を出すなどの不穏な行動をすることがあったこと、同じ言動を繰り返すなど、記憶力低下の傾向が見られたことが認められる。
また、前記認定事実(4)エによれば、亡太郎は、平成一九年二月一九日夜間から翌二〇日にかけて興奮状態となり、複数回にわたり精神安定剤が投与され、夕方まで独語、幻聴、幻視が続いていたこと、同月二二日ころには、肺炎を発症して高熱を出したことが認められる。
しかしながら、上記診療録等に「認知症」との記載があるものの(前記前提事実(4)ウ、エ)、その具体的症状、程度等は特に記載されておらず、入院中に亡太郎が何らかの認知症の検査テストを受けたことは認められず、本件遺言の約二週間前に実施されたCT検査でも脳に萎縮は認められなかったこと(前記認定事実(4)ウ)、アリセプトの投与量も比較的少量にとどまっていたこと(前記前提事実(4)ウ、前記認定事実(4)エ。そもそも、認知症の程度についての判定、評価が行われていない。)、介護認定についても、「要介護1」の認定にとどまること(前記認定事実(4)オ)、前記認定事実(1)、同(4)イ、エ、キ、同(5)によれば、亡太郎は、センペルに入院していた当時、聴力に問題はなく、助けを借りれば更衣や歩行が可能であり、食事も自分でとることができるなど、全面的な介助までは必要でなかったこと、見当識障害や意識障害は特に認められず、意思疎通はできていたことが認められることに照らすと、亡太郎が認知症に罹患していたとしても、遺言能力を欠く程度のものであったとは認め難い。また、平成一九年二月下旬ころの容体についても、同月二五日以降は容体が安定し、熱もほぼ下がっており、同月二八日の時点では、意識清明であり、見当識に問題はなかったことが確認されており、それ以降、幻聴、幻視といった症状も現れなかったものと認められ、亡太郎の遺言能力に問題が生じていたものとは認められない。
さらに、前記前提事実(2)エのとおり、本件遺言の内容自体に照らしても、亡太郎の全財産を原告に相続させるという単純明瞭なものであるし、本件遺言証書にも難解な表現等は使われていないから、公証人から読み聞かせをされれば、亡太郎において、それを理解することや、その当否を判断することが困難であったとは認められない。

(2)また、亡太郎の遺言能力に問題があったと認められないことは、前記前提事実(5)の公証人丁原の回答によっても裏付けられる。すなわち、公証人丁原は、本件遺言証書作成当日、亡太郎の病室で亡太郎にあいさつをした際や、来訪目的を告げた際の同人の応答等から、同人が、遺言公正証書作成について十分理解していると判断し、遺言内容についても、同人は、世話になっている原告に全財産を相続させ、後始末を頼む旨述べるなど、本件遺言証書作成が亡太郎本人の意思に合致しているものと確認したことが認められ、これらの事実は、亡太郎が、遺言の内容を理解した上で、本件遺言をしたものであることを裏付けるといえる。
これに対し、被告らは、当時の亡太郎の病状や性格から、公証人丁原の前記前提事実(5)の回答は信用できないなどと主張するが、公証人丁原は、亡太郎の病室の位置や、同人の言動について、相当具体的かつ詳細に述べているところ、公証人丁原が積極的に事実に齟齬する回答を提出するとは考え難いほか、その回答内容は、亡太郎の性格等を踏まえても、不自然であるとはいえず、そのほかに被告らの上記主張を積極的に根拠づける事情は見出し難い。よって、被告らの上記主張は採用することができない。

(3)なお、被告らは、亡花子の甥である医師戊田二郎の意見書を根拠に、亡太郎が重傷のうつ病であったなどとも主張するところ、同意見書は、亡太郎が、「死亡前数年間は通常の判断能力、理解力がない、所謂、責任無能力(心神喪失)の状態にあった」と断言するものであるが、その内容は、湘南中央病院、聖の郷、センペル及びセアラにおける亡太郎の様子と齟齬するものであり、亡太郎がうつ病にかかっていたことを根拠とするだけで、亡太郎の客観的な病状等に基づく判断と認めることはできないから、これをもって亡太郎の遺言能力を否定することはできないといわざるを得ない(同意見書は、元々東京家庭裁判所の遺産分割申立事件に提出されたものであるが、同裁判所においても採用されていない。)。

(4)また、被告らは、亡太郎が、亡花子の生存中に、同人に全財産を相続させる旨の旧遺言を全面的に否定する本件遺言をする理由はないし、四人の弟妹のうち原告のみに全財産を相続させる本件遺言を行う動機はないと主張する。しかしながら、前記認定事実(1)のとおり、亡花子は、本件遺言がされた当時、末期がんにより入院しており、亡太郎も、亡花子の病名、病状等を把握していたと考えられるから、旧遺言の内容を変更しようとすることは十分あり得ることに加え、当時、亡太郎の世話をしていたのは同人の弟妹のうち原告のみであり、被告ら及び亡松夫は、亡太郎と全く接触していなかったことなどに照らすと、本件遺言の内容が不合理であるとはいえない。

(5)そのほか、被告らは、原告が、原告住所地に亡太郎の住民登録を移して、公正証書作成依頼に必要な印鑑証明書を取得したこと、本件遺言前には亡太郎の延命措置を求めていたのに対し、その後延命措置を求めたことはなかったこと、亡太郎から相続した同人の自宅土地建物を一か月足らずで原告の子に譲渡したことを指摘するが、同各事実は、いずれも本件遺言当時における亡太郎の遺言能力の判断に影響を与えるものではない。

三 以上によれば、亡太郎は、本件遺言当時、認知症に罹患していた可能性はあるものの、基本的に意識状態は清明であり、意思疎通に問題はなかったこと、本件遺言の内容も単純明瞭であって、十分理解可能であること、公証人丁原が、本件遺言証書作成の際、亡太郎の言動等を踏まえて、同人に遺言能力があると判断していること、亡花子の病状や亡太郎の弟妹らとの交流状況等からすれば、本件遺言の内容が特に不自然であるとはいえないことが認められ、これらの事実に照らせば、本件遺言当時、亡太郎に遺言能力がなかったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

第四 結論
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

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